無悲鳴のしぐさ

久しぶりに、江戸しぐさのお話です。

子どもがところ構わず叫んでいるのを耳にして、あんまりいい気分ではありません。

親には、やたらに叫ぶもんじゃない、と頭をパカンとやられた覚えがある。
だから、子どもだけで地下道なんか通ると、叱られないのをいいことに、
響くのが楽しくてこっそり小さく叫んだりしたものです。
すれ違う大人に「うるさい!」と叱られないように。


どうして江戸では無悲鳴しぐさを教えられたのでしょうか。

暗闇で人に出会ったり、思いがけないことに遭遇すると、びっくりして悲鳴を
あげがちだが、つとめて冷静に対応しないといけない。
悲鳴を上げることによって、思いもかけない二次災害に及ぶおそれがある。
パニックを戒めた。


今のように電灯もない江戸の町で、うっかり悲鳴をあげたらどうなるか。

辻斬りか、と大騒ぎになるか、他の女性もただ事ではないと悲鳴をあげて、
悲鳴の連鎖がパニックを呼ぶ。

江戸は大きな人口を抱えた都市だったから、そのまま都市のパニックにも
繋がりかねない。

そんなわけで、やたらにヒャーキャー叫んではいけません。
叫んだ人がパニックの群衆に踏み倒されてしまうかもしれません。


ところで、参考の本には、続きに面白い話が載っていますから、
要約してご紹介します。


江戸では声は「アルト」の女性がよい女といわれたそう。

地声ではなく、どんなことにも動ぜず、むやみに嬌声や悲鳴を上げない、
落ち着いた声をいうんだそうです。


明和から文化、文政期(1804〜1830)の江戸は豊かで物あまりの状態
(現在のデフレの状況によく似ている)。

人々は買い物や物見遊山には飽き、人間を見ることを趣味にしているようなところがあった。

黄色い声で客引きをする女性よりも、落ち着いたアルトの女性の対応に安心して、
参勤交代の武士が谷中の笠森稲荷こ水茶屋「鍵屋」の暖簾をくぐったそうだ。

鍵屋の娘、笠森おせんは、江戸三大美人のひとりで、浮世絵にも描かれている。

また、江戸商人のあいだでは、江戸っ子のアルトの声の女性と結婚すると、商売繁盛するといったジンクスがあったと聞く。




武士が来ても、お城のお役人が来ても、舞い上がらずに落ち着いて、
気の利いた対応ができるように、 日頃から教養を高くもち、
豊富な話題でお客様のあいづちができるように心掛けたいものです。

(うちには時々お侍になる主人がいます。)




【参考】
越川禮子
商人道「江戸しぐさ」の知恵袋
講談社+α新書


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