遠州縞 巾着
ご主人が時計を買ったんだって。それを入れる巾着を作ってほしいといわれたよ。
時計をしまっておくときの巾着ですか、と聞くとどうやら違うようだ。
どうも、ご主人は腰掛けると身に着けているものを外す癖があるようだよ。
ほら、俺も食事に行ったりして席に着くと時計を外すだろう。奥様が、奮発した時計だから絶対に失くされては困るので、外したら入れるように巾着を、ということだよ。
ぶん屋には、遠州縞の反物がある。遠州縞は、染物や織物がさかんだった遠州地区で生まれたもの。先染めの糸を使って、そのときにある糸で縞に織る。
だから二度と同じ縞は無かったようだけれど、今は「遠州縞」として作っているから、糸がある限りは織ってくれる。それでも、糸が終われば終わりで、この縞はもうできないよ、といわれることもあるから、昔ながらの方法はかわっていないのかもしれない。
遠州縞の布は、木綿で、軽くて柔らかく、よく着込んだシャツの生地のよう。この遠州縞を使って巾着を作ることになったが、時計の堅牢な作りにはこの柔らかさは弱いと考え、内側は時計のためにもネル生地を使った。
内袋が出ない仕立てで、両方から絞る巾着にして。脇の底は丸みをつけて。
わたしが作る巾着は、内布と外布の脇を一緒に縫ってしまうことで、内袋が物の出し入れとともにずるり、と出てくる不快感は無い。
中で内袋がもたつくこともなく、すっきりとした仕上がりが、店主である主人の眼鏡にかなって、マチの無い巾着はもっぱらその仕立てを求められる。
脇の底の丸みは、巾着の大きさに合わせてつりあいよく決める。
内布と外布をそれぞれ中表に底を「わ」にして重ね、脇を一緒に縫う。
外布は、紐通しの分だけ長くしておく。
外布を表に返すと、縫い代が中に入って、内布もすっきり収まる。
紐通しを作るときに、4枚重なった縫い代をちょっと切込みを入れてまたがせ、紐通し口を縫ってから、紐通し部分を三つ折して縫う。
このとき、短い内布の布端が、紐通しの中に入ってしまうようにする。
これで、すっきりと平らな巾着ができる。
お、きれいにできたな。
主人の検品は厳しい。縫い方や作り方には一切口を出さないけれど、商品になったときのバランスや、雰囲気に厳しい。いくら手間をかけて一生懸命作っても、バランスの悪いものは一蹴されるし、あっさりと簡単に作っても、出来が「すっとしている」ものであれば、すんなりとお店に並ぶ。
紐通しの幅や、紐の太さと色、脇の底の丸みなど、出来上がりの「かたち」に影響するものは、すべてチェックが入り、目の前で即返品される。
慌てなくていいぞ、丁寧に作ってくれ。不安なときは、相談してくれ。
柄の取り方など、1mmずれると没になるので、今回のような縞は縞合わせを必ずする。まして、大胆な柄行の場合は、どこに何の柄を出すか、で、ずいぶんと話し合う。
柄について話す主人と、作り方で応酬するわたし。柄を優先してどう作るかを考えるのもわたしの仕事。
「すっとした」形にできたな。
依頼主の奥様も、実際に使うご主人も、とっても気に入ってくださったようで、主人ともども、胸をなでおろした。
「誂え」は、それがたった「ひとつ」しかない、ということも嬉しいのだが、それを作るために費やした時間が、「思い入れ」という形になってもれなくついてくる。お客様と一緒に何かを作るのは楽しい。
今回も素敵なプレゼントのお手伝いをさせていただき、ありがとうございます。末永くかわいがってくださいませ。
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