「膝の痛みがひどいんだ。」
そう言った主人は、昨夜の中央練りの帰りから顔をゆがめて歩いていた。
3日も昨日も、凧場で、あまり座っていない主人の膝に、中央練りが
負担になることは、ある程度予想が付いていた。
中組のラッパ隊には、今年新卒社会人になった仲間が数人いる。
彼らと、主人がいない場合の練りの取り回しを少し話していたのは、
そんなことをうっすら感じていたからだったかもしれない。
どんなにつらくても、自分の矛に納まるものは、どうにか全部納めて
我慢してしまう人だとわかっているから、
よほどの限界が来ない限り、今年の凧も無理してやりきってしまうのかも
しれない、と思っていた。
朝になって、やはり、膝が痛むという。
相当ひどいようで、どうしよう、と悩んでいる。
凧場は、わたしと藤井たちで何とかしますから、ゆっくりしてください。
夜の中央や初家は、あなたの指示がないと、みんなが不安で困ります。
と言って、昼間の凧は休んでもらうことにした。
そうでなくても、雨降りの中、濡れたら冷えて、膝に悪いことこの上ない。
濡れる時間を少しでも短くしたい、そういう思いもあった。
そうか、じゃあ休ませて貰うかな。
素直にそういってもらって、正直ほっとする。
少し、緊張しながら凧場へ向かうバスへ一人乗り込んだ。
凧場は、どしゃぶりらしい。
ところが、着いたら小止みになっていて、風もあり、凧は揚がりそうだ。
きっとこちらの様子を気にしているだろうな、と、メールを送る。
凧場に出て、揚がっている凧の様子を写真にとって送る。
あまり逐一報告するのも気が引けたが、きっと仲間はずれ気分になっている
主人を励ましたかった。
現場に出れず、焦れているだろうな、と思った所に主人から電話が。
「粋庵さんに来てるよ。」
そうか、よかった。凧の話が出来る相手が近くにいてくれて。
夜には復活した主人に中組の副組長がこう言ったそうだ。
「むらかみさんが途中から入ったの、音でわかりました。
ラッパ全体の音が変わります。」
確かに、5日夜の練りで主人が途中から合流し、そこからラッパの音は
自信に満ちた音に変わった。
戻った大将を先頭に据えて、安心したのだ。
全て終わってから、皆で労いの挨拶をしあっているとき、
「今年も中組のラッパは鳴り止まなかった・・・」
と、嬉しそうに言った若い襷の言葉が、なにより嬉しかった。